2025.03.13

【コラム】財務DD②スタートアップ向け財務DDの留意点

1.スタートアップ企業のM&Aの特色

スタートアップ企業を対象とした中小規模のM&Aにおいては、管理体制が十分構築されていないことから、財務DDに必要な財務データが得られないケースが多いとともに、内部統制の構築・運用が不十分であり、会計処理のミスや粉飾決算等によるリスクも高い傾向にある。また、「税務基準」や「中小企業の会計に関する基本要領」に従って会計処理を実施しているケースがほとんどであることから、買い手が適用しているJGAAPやIFRSで要求される会計基準(特に減損会計、税効果会計、退職給付会計、資産除去債務の計上、新収益認識基準など)は未適用であることが多い。

2.財務DDで見るべきポイント

スタートアップ企業への出資の場合、投資金額が比較的少額になるため、資金調達のシリーズや事業規模によっても異なるものの、一般的に投資金額は小さい。そのため、財務DDを実施しない又は限定的なスコープでDDを実施するケースも多いが、最低限、以下の論点については財務DDを通じて把握しておくことが重要である。

バーンレートの把握

バーンレートとは、スタートアップ企業が事業を継続していくうえで1ヶ月あたりに消費するコストのことである。資金が潤沢で安定したビジネスが確立された大企業と異なり、スタートアップ企業においては得てして運転資金が潤沢でないことが多く、バーンレートを把握することで自社の「生存期間」を見定めながら、資金繰りを検討していくことが極めて重要となる。財務DDにおいては、資金繰り分析の一環として過年度のバーンレートを把握することで、月次でいくらキャッシュフローがマイナスになるか、ひいては手持ちの資金(キャッシュポジション)から勘案してどの程度資金ショートせずに経営を維持することができ、どのタイミングで資金ショートしてしまうのか把握することが重要である。

  • 資金余力の観点: 企業が経営を維持できる期間を予測する
  • 投資判断の観点: 買い手が財務状況を評価する際の重要な指標の一つとなる
  • 経営戦略の観点: 資金ショートするまでの期間を予め計算することで、資金調達や経費削減の必要性を事前に判断可能となる

資金繰り分析において支出費用を分析する際、売上増減に伴って変動する変動費と、売上に関わらず一定額発生する固定費に区分して支出額や支出のタイミングを把握することで、より精緻な資金繰り分析を実施することができる。

  • 変動費:商品仕入、サーバ代など
  • 固定費:本社費用(賃料や人件費)、リース費用

買収後を見据えた管理体制の構築

上場会社などがスタートアップ企業を買収する際、買収後の管理体制の構築を見据えた対象会社の現状把握と事前の対策を練っておくことが重要となる。会計財務の観点からは、最低限、以下の項目を財務DDを通じて把握しておく必要がある。

  • 管理部門の人員体制
  • 財務諸表作成プロセス
  • 主要な会計方針および会計基準の適用状況
  • 対象期間における会計方針・処理、見積り
  • 月次・年次決算のスケジュール
  • 各種規程類の整備・運用状況
  • 会計監査対応状況
  • 在庫管理(棚卸の頻度、実施方法、範囲など)
  • 内部統制

M&A後の対象会社の管理体制がしっかりしていないと、買い手の決算業務に影響を与える恐れがあるため、四半期決算や内部統制構築の土台、十分な管理部門人員がいるかを財務DDの段階で把握することは有益である。なお、対象会社が管理部門を外部へアウトソースしている場合は、M&A後に引き続きアウトソースが可能であるか確認が必要である。買い手が独自で管理部門のリソースを準備する場合は、何が不足しており、準備にどの程度の期間を要するのか、自社の管理部門を事前に巻き込んだうえで準備していく必要がある。

スタートアップ企業の財務DDでのよくある発見事項

  • 決算スケジュールが長く、買い手の決算締めに間に合わない
  • 見積もり項目を中心にJGAAPやIFRSへの組換仕訳が大幅に必要となる
  • 得意先に対する与信管理が整備されていない
  • 棚卸資産・固定資産の実地棚卸が適時に実施されていない、または範囲が不相当に狭い
  • 管理体制が整備されておらず、事業別の収益性が不透明である。
  • 予算管理体制が未熟であり、毎期、予算と実績に大幅な乖離が生じている
  • 管理会計と財務会計に乖離が生じており、かつ、その差異要因を把握できていない

関連当事者間取引

オーナー会社の場合、オーナーの資産管理会社との不透明な取引や個人的な取引をしていることも多く、過年度の関連当事者取引については留意する必要がある。財務DDで発見されたリスクに対して、通常はSPAの表明保証や瑕疵担保責任でリスクヘッジすることが考えられるが、売り手が個人株主であるオーナー会社では当該リスクが顕在化した時に、補償できるだけの資金が十分にない可能性もあることは念頭に置いておきたい。

オーナー会社の財務DDでよく検出される価値評価対象項目として以下が挙げられる。

  • 役員退職慰労金の支給予定額(ネットデット調整)
  • オーナーの個人経費(EBITDA調整)
  • 絵画・骨董品・別荘・高級車(ネットデット調整)
  • 役員保険解約返戻金(EBITDA調整&ネットデット調整)